系共通科目(メディア文化学)講義A
月曜4限/第3回
松永伸司
2023.05.01
俗に「表現」と呼ばれているものについての解像度を少し上げる。
そのために、「表象」と「表出」というテクニカル(専門的)な概念を大まかに理解する。
西洋の芸術観の歴史的変遷を説明するのに、これらの概念が使われてきたことを理解する。
1. 民間概念としての「表現」
2. 表象とはなんだ
3. 表出とはなんだ
4. 芸術観の変化
コメントへの応答と注意点
前回分のリアクションペーパーのコメントの一部とそれへの応答を授業資料置き場のScrapboxにまとめてあります。
リアクションペーパーを書く際の注意点を2つ載せているので、今回のコメントを書くまえに一読してください。とくに注意①が大事です。
「表現」という語の用例
なぜテクニカルな概念を使うのか
自治体の「表現ガイドライン」
引用
「普段何気なく使っている言葉や表現にも,男性を中心としてきた社会構造や男女の役割分担意識が反映されたものがあります。
性別を強調する表現や女性と男性の対語のない表現などには気をつけ,公平な表現を心がけるようにしましょう。」
おおむね「言葉づかい」「言いかた」「呼びかた」などと言い換えられる意味で「表現」という語が使われているように読めるが、「言葉や表現」と書いているところを見ると、言葉に限定していないのかもしれない。
音楽教育についての文章
引用
「子どもたちが歌唱や器楽、音楽づくりの活動に取り組む際、互いの表現を比較したり、表現と音楽を形づくっている要素とを関連付けたりしながら思考することを大切にしたい。なぜなら、互いの表現を比較したり、表現と音楽を形づくっている要素とを関連付けたりして思考することで、音楽的感受性が高まり、よりよい表現を追究していくことができると考えるからである。〔…〕そこで、子どもたちが表現したり聴いたりする活動を繰り返す中で、音楽を形づくっている要素に結び付く発言や表現を見取り、問い返したり価値付けたりしていくことを大切にしたい。そうすることで、音楽を形づくっている要素の働きを感じ取って表現を工夫し、自分の思いや意図をもって表現することができると考えている。」
「表現」がどういう意味で使われているのかはっきりしない。〈演奏する行為や作曲する行為〉を指しているようにも読めるし、〈それらの行為の結果生じる音そのものや楽曲そのもの〉を指しているようにも読める。あるいは、〈それらを通して自分の内面(?)を人に伝えること〉を指しているようにも読める。
Wikipedia日本語版
引用
「表現(ひょうげん、英語: expression)とは、自分の感情や思想・意志などを形として残したり、態度や言語で示したりすることである。また、ある物体や事柄を別の言葉を用いて言い換えることなども表現という。」
「表現の例:
演劇/映画/アニメ/マンガ/詩/小説/評論/音楽/絵画/造形/ボディーランゲージ/認識/発言/科学/他多数。」
「形」「態度」「言語」などによって「感情」「思想・意志」「物体」「事柄」などをあらわすこと全般を指す語として説明されている。挙げられている例は大半が芸術形式だが、「認識」や「科学」なども含まれている。
著作権法(用語の定義のセクション)
引用
「〔1項〕一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」
「〔1項〕十の二 プログラム 電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。」
「〔3項〕この法律にいう「映画の著作物」には、映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物を含むものとする。」
「〔4項〕この法律にいう「写真の著作物」には、写真の製作方法に類似する方法を用いて表現される著作物を含むものとする。」
続き
(a) 1項1号、(b) 1項10号の2、(c) 3項・4項で、それぞれ別の意味で「表現」という語が使われているように読める。
(a)では、表現されるものは明確に「思想」や「感情」とされている。
(b)では、表現されるものが何であるかははっきりしない。
「一の結果」は「思想」や「感情」を表現するものだが、それを生成するプログラム自体が「~として表現したもの」であるというのがどういう意味なのかよくわからない。
(c)では、著作物自体が表現されるという書きかたになっているようにも読める(表現対象が省略されているだけかもしれないが)。
テクニカル(=専門的)な概念を導入するモチベーション
いずれの用法も、前回説明した意味での民間理論の概念に思える。
つまり、「分節化が雑だったり(だいぶ違う性格の事柄をいっしょくたにしていたり、逆に同じようなものをなぜか区別していたり)、不明確だったり(適用条件があやふやだったり)、組織化が不十分だったり(概念間の関係がはっきりしていなかったり)する」ように見える。
日常生活を送る上では、こうした民間概念でもそこまでの不便はないかもしれないが、日本語で「表現」とひとまとめにされている諸事象・諸事物についてもう少し丁寧に考えようと思うなら、テクニカルな概念を導入したほうがよい。
表象と表出
美学(とくに分析美学)では、伝統的に次の2つの概念が区別されてきた。
表象(representation)
表出(expression)
これらの概念を知っておくと、「表現」と言われるいろいろな事柄を考えるときの解像度が多少は上がるだろうし、いま見た例のようにどういう意味で使っているのかいまいちわからないといったこともある程度避けられるようになるだろう。
※ あとで説明するように、“representation”と“expression”はそれぞれに訳語の問題があるが、この授業ではひとまず「表象」と「表出」で通す。それぞれが「表現」と訳されるケースも少なくなく、かなり地獄である。また、日本語の「表現」だけでなく、“representation”と “expression”にもそれぞれ多義性がある。いずれにせよ、言葉とその意味が一対一対応するという発想をしていると混乱するので十分注意すること。
テクニカルタームについて
専門用語、つまり特定の文脈内で意味がある程度はっきりと確立されたかたちで使われている言葉のことを「テクニカルターム」と言う。
今回説明する「表象」や「表出」は、美学(とくに分析美学)という文脈内でのテクニカルタームである。
日常的な場面はもちろん、他の研究分野でも、それらの語が別の意味で使われることはよくある。テクニカルタームは特定の文脈内でのみ固定した明確な意味を持って使われるものだということを十分に意識しておくこと。
表象の簡単な特徴づけ
訳語と多義性
表象(representation)の特徴づけ
ミニマルな特徴づけ
何かが別の何かをあらわす(あるいは別の何かの代わりになる)という、その働きのこと。
〈あらわすものとあらわされるものの関係〉と言ってもよい。
以下の関係図式の→に相当する。
「猫」という語 → 猫
the word cat → 猫
猫の絵文字(🐈) → 猫
ややこしいが、→の左辺(あらわすもの)のほうを「表象」と呼ぶこともある。
記号作用との関係
このミニマルな意味での表象は、記号論で論じられる意味での「記号作用」あるいは「意味作用」とおおむね同じ意味だと考えてよい。
記号論(細かく言えばソシュール系統の記号論)では、記号作用の両辺として「シニフィアン(記号表現)」と「シニフィエ(記号内容)」という用語が使われることがよくある。
シニフィアン → シニフィエ
表象の例(厳密には、これらの例が果たす働きが表象)
身近な例
意味を持つ言葉全般(書き言葉、話し言葉)
意味を持つジェスチャー
何かを描いた絵
写真・実写映像
これらは表象ではないという立場もあるが、ひとまず入れておく。
楽譜
地図
グラフ
ピクトグラム
暗号
etc.
続き
芸術関係の例
具象画・具象彫刻
抽象画や抽象彫刻は表象ではないとされることが多い。
小説
叙事詩
抒情詩もある程度表象の側面を持っているのがふつうだが、表出の性格が強い。
ほぼすべての演劇、映画、アニメーション、マンガ
一部のビデオゲーム
表象要素のない抽象的なゲームは少なからずある。
etc.
表象についてよく言われること
表象は、その対象(あらわされるもの)についてのコメントを含んでいるものだということはよく言われる。
つまり、ニュートラルにその対象の代わりになるというよりは、その対象はしかじかの性質を持ったものであると述べる(性質Pを持つものとして対象Oをあらわす)という働きを含んでいるということ。
表象に対してふつう真偽や正誤が言えるのは、表象によって対象への性質の帰属(哲学用語では「述定(predication)」と言ったりする)がなされているからである。
ついでに言うと、ジェンダーの表象や人種の表象がしばしば倫理的な問題になるのは、表象対象に性質を帰属するという表象が持つ働きのゆえである。
表象概念の最重要ポイント
ポイント①:この概念によって、〈あらわすもの〉と〈あらわされるもの〉が区別できるようになる。
猫の絵は猫ではない。
それと同じように、フィクショナルキャラクターは絵そのものではない(俗に言う「二次元」は不正確な言いかたである)。
ポイント②:〈あらわされるもの〉は、ほとんどつねに、〈あらわすもの〉に対する解釈を経て引き出される。この解釈はほぼ自動的に(無意識的に)なされることも多いだろうが、そこに意識を向けたほうがいい場面もある。
たとえば、(a) 史料そのもの、(b) それが述べている内容、(c) 実際の歴史的事実はそれぞれ別物である。(a)から(b)を引き出すには解釈が必要であり、また(b)が(c)について真実を述べているかどうかは、解釈とは別に検討する必要がある。
“representation”の訳語について
英語やフランス語の“representation”には、分野や時代によってかなり多様な日本語訳が割り当てられきた。
「表象」以外の訳語の例:
再現、表現、代表、代理表象、再現前化、etc.
また、“representation”とは微妙に別系統の言葉が「表象」と訳されることもある。
“representation”以外の「表象」と訳される語の例:
perceptio、Vorstellung、etc.
“representation”の多義性について
訳語の問題とは別に、“representation”自体にも多義性がある。
この授業で紹介しているのは、分析美学その他の文脈での「表象」の用法だが、文脈が変われば、それとはかなり別の意味で「表象」という語が使われることもある(完全に別とも言えないが)。
代表的な別の用法は、心のうちに浮かぶ外的対象の像(心的イメージなど)を「表象」と呼ぶ用法。近世・近代哲学や認知科学(神経科学から心の哲学まで含む)の文脈で「表象」と言えば、基本的にこちらの意味である。
まぎらわしい場合は、こちらの意味のほうを「心的表象(mental representation)」と言ったりもする。
※ 言葉や絵という意味での表象と心的表象の関係をどう考えるかは難しい話だが、たとえば戸田山『哲学入門』(筑摩書房、2014年)4章がそのあたりを考えるための導入になる。
一般的な注意点
多義的であることや訳語が複数あることは、概念(物事の切り分け)そのものの問題ではないが、十分に気をつけないと概念を理解する際の障害になる。
これは「表象」に限った話ではなく、この授業に登場するいろいろな概念にも当てはまる。
いずれにせよ、言葉そのものではなく言葉の用法(どのような意味で使われているか)に注意を向けることで、言葉の罠に足をすくわれないことが重要である。
訳語と多義性
表出の簡単な特徴づけ
“expression”の訳語について
“expression”は「表現」と訳されるのがおそらくもっとも一般的である。
「表現」という訳語の難点:
他の語(たとえば“representation”)もしばしば「表現」と訳されるのでややこしい。
最初に見たように、日本語の「表現」という語は、非アカデミックな領域でかなりあやふやな使われかたをしている。
次のページで見るように、言語学で使われる意味での“expression”の定訳が「表現」だが、美学の文脈での“expression”はそれとは別の意味なので、ごっちゃにならないようにしたほうがよい。
というわけで「表出」で通す。
“expression”の多義性について
言語学およびその関連領域では、“expression”と言えば、書き言葉における書かれた文字列や話し言葉において発せられた音声のことを指す。この意味での“expression”の定訳は「表現」である。
最初に見た函館市の「表現ガイドライン」は、この用法にならったものかもしれない。
この用法をより一般化すると、表象における〈あらわすもの〉を指すことになる。実際、記号論の文脈で「シニフィアン」を“expression”と呼び換える言葉づかいもある。
この言語学のテクニカルタームとしての“expression”は、以下で紹介する美学の文脈での“expression”とは別の概念なので、混同しないように注意。
表出の特徴づけ?
表出の一般的な特徴づけは難しい(というか諸説ある)。
具体例の例示から入ったほうがたぶんわかりやすい。
表出の例(厳密には、これらの例が果たす働きが表出)
人のうれしそうな表情
エモーティコン (^_^)
悲しい曲
抒情詩
エモい写真
表現主義の絵画作品
“expressionism”=「表現主義」は定訳。「表出主義」と訳すと変なので、定訳にならう。
etc.
表出と感情
表象と同じく、表出でも二項関係が成り立っているように見える。
表情 → うれしさ
曲 → 悲しさ
写真 → エモみ
そう考えると、表出とは文字通りに感情(内面の状態)が外にあらわれ出る(ex-pressされる)ことであると言ってもよさそうに思えるかもしれない。
しかし、この特徴づけだとうまく説明できない事実がいろいろある。
悲しげな表情をした犬もいるが、悲しげな表情の犬は必ずしも悲しいわけではない。
楽曲は生き物ではないので、感情を持ちようがない。それゆえ「悲しい曲」の「悲しさ」は、少なくとも楽曲そのものの感情ではない。
表出の特徴づけについての諸説
伝達説
音楽や絵画のような芸術作品の場合、作者の感情が作品の中に込められ、それが作品を通して受け手に伝わる。うれしい表情もそれと同じだ。これが表出というプロセスである。
伝達説への批判:作曲家や演奏家は、本当に悲しくなくても悲しい曲を作ったり演奏したりできる。表情も本心に対応しているとはかぎらない。
喚起説
作り手の感情は関係なく、受け手に特定の感情が呼び起こされるのが表出である。
喚起説への批判:悲しい曲を聴いて悲しくならないことはふつうにあるし、状況次第では楽しい曲を聴いて悲しくなることもある。そもそも「悲しい曲である」という判断は、自分の感情ぬきにできることではないか。
類似説
悲しい曲は、人間の悲しげな表情やふるまいと似た特徴を持っている。それゆえ、悲しい曲を聴いた人は、悲しげな表情の人を見るのと似た感覚を覚えるのだ。これが表出である。
類似説への批判:「類似」というのがどの点での類似なのかが、まるで明らかではない。犬の表情が人の表情に似ているという話はまだわかるが、メロディやコード進行が人の表情に似ているとは一体どういうことなのか?
隠喩説
「悲しい曲」というのはただの比喩にすぎない。曲が実際に備えている特定の美的性質(感じ)を指すのに、感情用語を比喩的に使う慣習がたまたま成り立っているだけである。実際の感情はとくに関係ない。
隠喩説への批判:定型句として確立しているケースはそれで説明できるとしても、最初に感情用語が比喩的に使われるときには実際の感情と何らかの密接な関係があったはずだろう。比喩は恣意的に使われ始めるものではない。
あらためて表出の特徴づけ
正確な特徴づけはともかく、大まかに言えば、表出とは〈感情用語(感情を指す言葉)によって言いあらわされる何らかの性質が感知されること〉だと考えてよい。
伝達説や喚起説は、表出の一般的な説明としては明らかに不十分だが、典型的な表出のありかたを説明するものではある。
表情や作品が、表情主や作者の実際の感情をあらわしている場合はよくあるだろうし、受け手がそれを感じ取って同じ気持ちになることもそれなりにあるだろう。
表出と表象
表象は、あるものがそれとは別のものをあらわすことだが、表出は、そのもの自体が何らかの性質を備えていることだと考えたほうがよい。その点で表象と表出は別のことである。
もちろん、表象と表出は相互排他的ではないので、同じ事例がそれら2つの働きを同時に持つことはある。
(^_^)は、うれしい顔を(記号として)表象していると同時に、うれしさを表出している、つまり「うれしさ」と呼びうる性質をそれ自体で備えている。
理論的概念を使った整理のレッスン
最初に挙げた民間概念としての「表現」の用例のそれぞれを、表象や表出という理論的概念で言い換えるとどのように整理できるか。
また、民間概念としての「表現」には、表象や表出ではカバーできない側面もあるか。あるとすれば、その側面はどのような概念を使えばうまく説明できるか。
こういうふうに理論的概念を使えば、日常的な言葉づかいの不足をカバーしながら物事を整理していくことができるようになる。
表出でも表象でもない「表現」
表出でも表象でもないが「表現」と呼ばれる事例はいろいろある。
例
完全に抽象的(何も表象しない)かつ感情用語が適用されないグラフィックデザイン
とくにエモくないインストゥルメンタルの楽曲
服装が「自己表現(self-expression)」と言われるようなケース
etc.
そういうわけで、表象と表出だけでは民間概念としての「表現」は十分にカバーできない。次回の授業で紹介する予定の「美的性質」もまた、俗に「表現」と呼ばれる事柄の一部を説明する概念かもしれない。
分析美学系
ステッカー『分析美学入門』森訳、勁草書房、2013年
8~9章が表象の話、10章が表出の話。訳語は「再現」と「表現」が採用されている。
5章の古典的な定義論の箇所も表象や表出に大きく関係している。
グッドマン『芸術の言語』戸澤・松永訳、慶應義塾大学出版会、2017年
1章が表象(とくに画像表象)の話、2章が表出の話。今回の授業は、ある程度グッドマンの考えかたをベースにしている(それだけではないが)。
訳語は同じく「再現」と「表現」。
ややこしいが、この授業で言う意味での「表象」は、むしろグッドマンにおける「指示(denotation)」に相当する。
源河『悲しい曲の何が悲しいのか』慶應義塾大学出版会、2019年。
表出の特徴づけの諸説については、主にこの本を参考にした。表出について勉強したい場合は最初におすすめする。
源河さんの単発論文から入ってもよい。本人のResearchmapからいろいろ落とせるはず。
分析美学系 続き
村山「表出性と創造性:表出説を改良する」『新進研究者 Research Notes』5号、2022年
文字通りの表出(作者の内面表出)を擁護している論文。ちょっと難しい。
Carroll, The Philosophy of Art: A Contemporary Introduction, Routledge, 1999.
分析美学の入門書(英語)。1章と2章がそれぞれ表象と表出の話。
以下のブログで内容がまとめられているので、まずそちらを読むのをおすすめする。
芸術史
エイブラムズ『鏡とランプ』水之江訳、研究社、1976年
今回は紹介するのをやめたが、西洋の芸術観がいわゆるロマン主義(19世紀)の時代から表象=模倣ベースから表出ベースに変わったことを論じた古典的な本。タイトルは、表象と表出のそれぞれを鏡とランプのメタファーであらわしたもの。
邦訳は入手困難だが、さいわい京大図書館には何冊か入っている。