メディア文化学特殊講義/美学美術史学特殊講義
月曜4限/第4回
松永伸司
2022.05.16
1. 質問への回答など
2. 初期のアドベンチャーゲームの歴史
3. 日本のRPGとADV
リアクションペーパー(前々回分含む)のコメントの紹介
毎回の課題についての質問ですが、第1回目の授業では、受講生各自が各自なりに「重要と感じた部分」を述べ、それについてさらに考えたことを述べる、というふうに課題内容を提示されていたと思います。それに対して今回は授業内容「全体」をまとめて、授業の内容について述べよ、みたいな課題というふうに講義を受けた身としては理解していますが、毎回の課題は①各自が各自なりに重要と感じたことを述べてさらにそこに対しての自分の思考を述べる、あるいは②授業内容全体をまとめて、内容の一部(もしくは全体)についての自分の意見を述べる、はたまた③どちらでもよい、のどのあたりなのかがいまいちPandaの課題の内容を見てもつかめていません。
③ですかね…。基本は①で大丈夫なのですが、②だと授業をちゃんと理解しているかどうかがわかりやすいですね。自分が興味を持ったポイントがはっきりしていたら①、とくになかったら全体をまんべんなくまとめる②、みたいな感じでいいんじゃないでしょうか。いずれにせよ、授業のまとめ部分については、長い記述は求めていません。
『computer space』や『pong』などのアメリカ発のアーケードゲームに影響を受け『スペースインベーダー』や『ゼビウス』が日本で開発されていったのは理解できるが『パックマン』や『ドンキーコング』などがどういう流れの中で生まれていったのかが気になる。明らかに『スペースインベーダー/ゼビウス』と『パックマン/ドンキーコング』の二つの間には大きな溝があるように感じます。
おっしゃる通りですね。明確にアイデア元と言えるものは少ないのですが、『パックマン』はおそらくHead Onに直接影響を受けており、そこに至る流れ(迷路+ドットイート)も多少たどれます。
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Spacewar!がどんどん色々な大学などに焼き増しされていく中で、製作者の権利(言い方が正しいのかわかりませんが、著作権的な)はあまり重要視されなかったというお話がありましたが、時代が少し下ってから、ブロック崩しなど、アメリカのゲームを基として日本のゲームに輸入されたようなものに関しても同様に特にお咎めはなかったのでしょうか。アメリカは権利にうるさいイメージがあるので気になりました。
Breakoutは日本で(正規のライセンス作品とは別に)パクリ作品がたくさん作られたようですが、その時点では訴訟されたりはなかったようです。『スペースインベーダー』も国内でパクリ作品がたくさん作られていますが、はじめて裁判沙汰になったのは、
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テレビや動画などを見ていて、ファミコンを懐かしむという行為をするのは大体男性というイメージがあったので、女性にどれだけファミコンが普及していたのかが気になった。任天堂の公式サイトでファミコンの思い出を語るといった場所があったのでいくつかコメントを読んだが、閲覧した30件のコメントのうち女性のものは6件で、そのうち4人がゲーム機の購入もしくは使用を制限されていたという「思い出」について語っていた。講義の冒頭でどのような社会的地位の人間に普及したかの方が意義深い研究になりそうということを仰っていたがまさに男女の普及率の違いは面白い研究対象になりそうだと思われる。〔…〕
いろいろな調査の中で、初期のビデオゲーム文化は男性中心の文化だった(あるいはいまだにそうである)とは言われます(とくにアメリカはそうです)。日本だと、家庭用ゲーム機の世界はまだ偏りが少ないほうだったと思いますが、PCゲームやアーケードゲームの文化は、より男性中心的かもしれません。
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「アーケードゲーム」という名称は、そのゲームの稼働形態(硬化を投入してプレイする)に注目した分類で、「ロールプレイングゲーム」は具体的なゲームの内容(キャラクターを演じる)に注目した分類ですが、ビデオゲームを二つに大別する際に、どうしてこのような次元の異なる非対称なラベルが用いられるのか不思議に思いました。稼働形態か、ゲーム内容かどちらかに基準を置いて分類する方が自然に思われます。
ビデオゲームジャンルの分類をしたいのであればおっしゃる通りなのですが、この授業では歴史的展開を考える上で「文化」や「文化の系統」の話をするためにその2つのラベルを持ち出しているだけです。なので、その意味で両者を同じ種類のカテゴリーとして並置しています〔…〕。
CRPGはTRPGを1人でプレイするという発想から生まれたという話だったが、授業内で話を聞く限りでは、最初期のCRPGには(もちろん技術的な制限などはあるだろうが)TRPGの重要なアイデアであるストーリー性が欠けているように感じられた。TRPGに特徴的な、詳細な舞台設定や感情表現・ストーリー展開などが見られない点でTRPGとCRPGには大きな隔たりがあるように思われた。授業内でJRPGという単語が出ていたが、現在でも、重厚なストーリーが展開される『ドラゴンクエスト』などの国産RPG作品には、TRPGの「プレイヤーの行動に応じてストーリー展開が自在に変化する」という特徴はあまり見られないと思う(海外作品には疎いためコメントは差し控える)。〔…〕
初期のCRPGにストーリーを感じないというのは、おっしゃる通りですね。単純に容量的な問題はあるでしょうし、リッチなストーリーはプレイヤーが想像力で補完してくださいという面も少なからずあったのだと思います(このプレイヤーの想像力を重視する価値観はその後もかなり強力に残ります)。
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いわゆるノベルゲーム・ビジュアルノベルは、ジャンル的にはアドベンチャーゲームに分類されると思うのですが、こういった「ストーリーをなぞる」ことに重点を置いたゲームはどのような流れで出現したのでしょうか? D&Dや最近流行りのオープンワールド系のRPGなどは自由度の高さが売りになっていて、これらのゲームとは畑が違うように感じました。
おっしゃる通り、ビジュアルノベルはアドベンチャーゲームの派生形で、RPGとは性格がだいぶ違います。「流れ」はよくわかりませんが、時期的には1990年代初頭の『弟切草』『かまいたちの夜』で明確に確立するものです(事例自体はそれ以前からあります)。
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初歩的な質問で恐縮ですが、どこまでをロールとするのかがわからず、RPGの定義もあまりわかっていません。例えばテトリスなどのパズルゲームはプレイヤーの視点がそのままゲームに適用されており、同時にプレイヤーが操作するキャラクター(と表現すればいいのでしょうか)が不可視なためロールをプレイングしていないと考えるのが一般的かと思いますが、FPSはRPGに該当するのでしょうか。
まず「RPG」という名称に引きずられないほうがよいです。RPGは、必ずしも「ロールをプレイするゲーム」というわけではありません。基本的には、パラメータを持ったキャラクターがいて、かつそれに成長要素があるのがRPGの必須要件でしょうね。それ以外に何が必要かについては諸説あると思います。
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前回のおさらい(初期RPGについて)
アドベンチャーゲームの成立と展開
アドベンチャーゲームの特徴
RPG/ADVの流れ
RPGの前史・成立・展開
戦争をシミュレートするある種のボードゲームであるウォーゲームは昔から存在した。
1974年に、ゲイリー・ガイギャックスとその仲間たちによって、ウォーゲームのChainmailの改変作として、Dungeons & Dragons(D&D)が作られた。このD&DがRPGの元祖である。
D&Dは紙とペンとダイスを使って遊ぶ卓上ゲーム(テーブルトップRPG=TRPGと呼ばれる)であり、ゲーム進行役として人間のゲームマスターを必要とした。
このD&Dのゲームマスターの役割をコンピュータに代替させるという発想のもとで、最初のコンピュータRPG(CRPG)が作られた。
Dungeons & Dragons
文章によるわかりやすい説明:https://www.e-aidem.com/ch/jimocoro/entry/okemoto07
イメージがつかめるプレイ動画:https://www.youtube.com/watch?v=gELfignUybs
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最初のCRPGは、研究機関のメインフレーム(大型の汎用コンピュータ)を使って作られた。
pedit5
dnd
Moria
いずれも個人的に作られた非商業的な作品で、コンピュータ学習支援ネットワークのPLATO上で流通した。
PLATO
上の写真はおそらくメインフレーム本体であり、右の2枚は端末。
本来は学習支援用のシステムだが、ネットワークを通じたコミュニケーション支援機能があり、そのおかげでオンラインコミュニティが形成された。電子掲示板や顔文字はPLATOで使われたのが最初らしい。
最初期のCRPGも含めたビデオゲームも、そうしたオンラインコミュニティの中で流通したようだ。
dnd (1975)
ゲーム用に用意されたワークスペースで制作された最初のCRPGとされる。それゆえ削除されることもなく、多くのプレイヤーにプレイされたらしい。
pedit5 (1975)
現存する中で最初のCRPGとされるが、オリジナルは制作後数か月で削除されたらしい。"pedit5"も正式のタイトルなどではなく、たんなるワークスペース名だという。
Moria (1975)
最初の一人称視点RPGとしてしばしば引き合いに出されるタイトル。ダンジョンの通路が立体的に描かれている。
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1970年代末からのパーソナルコンピュータ(パソコン、PC)の普及を受けて、商業用(売り物)のCRPGが作られるようになった。
この時期の代表的なCRPG
Akalabeth / Ultima (1979/1981)
Wizardry (1981)
Rogue (1980)
いずれもD&Dの基本ルールと世界設定(剣と魔法の世界)を大きく踏襲している。
これらは日本でもプレイされ、1980年代前半には日本でもPC向けのCRPGが作られるようになる。
Wizardry (Sir-Tech, 1981)
一人称視点RPGの古典。堀井雄二(およびファミコン神拳のメンバー)が好んでプレイしていたことはよく知られている。
Ultima (Richard Garriott, 1981)
MMORPGであるUltima Online (1997)を除けば、日本ではそこまで人気を得たことはないシリーズだと思われるが、CRPGの古典中の古典。
Rogue (Michael Toy, Glenn Wichman, and Ken Arnold, 1980)
ランダム要素、コマンド(できること)の多さ、アスキー文字による独特のグラフィックなどを特徴とするダンジョン探索型のRPG。その名の通り、ローグライクの原点。
Colossal Cave Adventure
話は少しさかのぼる。
最初のCRPGが作られた少しあとの1975~1976年、研究機関(BBNテクノロジー)に勤める技術者ウィル・クラウザーは、職場のメインフレームを使って、自身の趣味である洞窟探検を題材にしたゲーム(?)のプログラムを書いた。
具体的には、ケンタッキー州の国立公園の「マンモス・ケーブ」という実在の洞窟群をモチーフにしており、そのマップや探検の体験をある程度再現しようとしたものだったが、クラウザーはD&Dのファンでもあり、ファンタジーモチーフもいくらか取り込んでいた。
このプログラムは、まずテキストメッセージが画面に表示され、それに対してプレイヤーがキーボードで簡単な入力を返し、それが何か有効なコマンドであれば話が進む(そしてこれを繰り返す)、という単純なものだった。
このプログラムは、たまに職場に遊びに来るクラウザーの2人の娘が退屈しないようにという意図で作られたらしい。
続き
クラウザーはこのプログラムをとくに広める意図はなかったようだが、同僚らがクラウザーの休暇中に勝手に当時職場つながっていたネットワーク(ARPANETというインターネット以前のコンピュータネットワーク)経由で、このプログラムをいろいろな研究機関に広めたらしい。
1977年に当時スタンフォード大学の学生だったドン・ウッズは、大学のメインフレームの中にこのプログラムがあるのを発見する。
ウッズは、クラウザーに直接連絡をとってソースコードを受け取り、いろいろな要素をこのプログラムに付け足した。
ドラゴンやトロールを登場させてファンタジー色をさらに強める、新しい謎を追加する、宝を増やしたり海賊を登場させる、スコアを導入する、など。
このウッズの拡張版は、クラウザー版よりもはるかに広まることになった。このプログラムがColossal Cave Adventureであり、最初のアドベンチャーゲームとされるものである。
Colossal Cave Adventure (Will Crowther and Don Woods, 1975–1977)
最初のアドベンチャーゲームであり、「アドベンチャーゲーム」というジャンル名の由来元でもある。完全にテキストベース。キーボードで直に入力するコマンド入力式。この画像はおそらくオリジナルのものではなく後年の移植版。
続き
その後、1970年代末から、Colossal Cave Adventureに直接影響を受けた作品が、PC向けの商業作品として作られていく。これらはColossal Cave Adventureに類するゲームという意味で"adventure game"と呼ばれた(つまり、"adventure game"というジャンル名は固有名に由来する)。
初期の代表的なADV:
Mystery House (1980)
グラフィックADV(絵がついたADV)の元祖。プレイヤーがいま置かれている状況が、テキストだけでなくグラフィックによっても表示される。
Zork (Infocom, 1977–1980)
テキストベースのアドベンチャーゲーム。Colossal Cave Adventureの形式を引き継いでいる。
Mystery House (On-Line Systems, 1980)
グラフィックアドベンチャーゲームの元祖。テキストだけでなく、絵によっても状況があらわされている。
ADVの特徴
プレイヤーキャラクター(「あなた」)が置かれた虚構的な状況が、テキストやグラフィックによって提示され、それにもとづいてプレイヤーは何をすべきなのか(どういうコマンドを入力すべきなのか)を考える。
鍵がかかった扉など、解くべき謎が提示されることがよくある(隠し階段など手がかりなしに見つけないといけない場合もある)。
RPGのようなキャラクターのパラメータ(HP、力、etc.)は一切ない。乱数要素もなければ、戦闘(テキストによる描写を除く)もない。
謎解きに使うための鍵やボトルなど、アイテム(インベントリ)はある。
日本の初期RPG/ADV
そしてドラクエへ
1980年代前半のPCゲーム
1970年代末からの個人用のコンピュータ(PC)の普及によって、日本でもPC(当時は「マイコン」などとも呼ばれた)を持つ人が増えていった。
初期のPCの主な利用用途のひとつとして、ゲームプレイおよびゲーム制作があった。当時のPCユーザーは、基本的に(プロではないにせよ多少のたしなみがある)プログラマーでもあり、趣味の延長としてゲームのプログラムを書くことが少なくなかった。
そのような状況で、PC向けのソフトとしてゲームプログラムが販売されたり、個人の趣味で作られたゲームプログラムがパソコン雑誌を通して配布されたりした。
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PCで遊ばれたビデオゲームは、アクション要素のあるものも一部あるが、PCのスペックの都合上アーケードゲームのような動きを持たせることは難しい。
RPGやADVはアクション要素がほぼなく、またアーケードゲームでは実現が難しいキーボードによる入力が必要だったりするため、PCでプレイするのに適していたジャンルだった。
こうした中で、1980年代前半に国産のRPGやADVがPCゲームとして作られていった。
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この時期の代表的な日本のRPG(すべてPC)
『ザ・ブラックオニキス』(1983)
国産RPGの元祖とされる。Wizardry的な一人称視点での移動と戦闘。
『ハイドライド』(1984)
見下ろし型。厳密にはRPGかどうか微妙だが、アクションRPGの元祖とされる。
『夢幻の心臓 II』(1985)
見下ろし型の移動と一人称視点の戦闘の組み合わせ。『ドラクエ』への影響が大とされる。
この時期の代表的な日本のADV(すべてPC)
『ポートピア連続殺人事件』(1983)
『ドラクエ』の堀井雄二が単独で作ったミステリー作品。数年後にファミコンに移植された版が大ヒットする。タイトルより犯人の名前のほうが有名。
『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』(1984)
同じく堀井雄二の作品。コマンドを直に入力するのではなく、用意されたコマンドのリストから選択する「コマンド選択式」を採用している。結果として、推理とは別に有効な入力コマンドを探さなければならない、というしんどい作業がなくなった。
『夢幻の心臓 II』(クリスタルソフト、1985)
本当かどうかはわからないものの『ドラクエ』への影響が大きいとされる作品。
『ハイドライド』(T&E SOFT、1984)
アクション要素のあるRPG(経験値によって成長する)。ハック&スラッシュの元祖と言われることもある。
『ザ・ブラックオニキス』(BPS、1984)
諸説あるものの、最初の国産RPGとされることが多い。パーティメンバーのグラフィックも表示されており、装備を変えるとキャラクターの見た目も変わる。
『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』
(ログインソフト、1984)
コマンド選択式ADVの早い例。右側にコマンドの一覧とそれに対応するキーが表示されている。
『ポートピア連続殺人事件』(FC版)(チュンソフト、1985)
堀井雄二のデビュー作。オリジナルは1983年にPC向けに発売された。画面は1985年(『ドラクエ』発売のちょうど一年前)に発売されたファミコン版。ファミコン初のADVであり、大ヒットした。
『ドラゴンクエスト』(チュンソフト、1986年)
RPG/ADVの流れ
来週について
歴史の話は今回でおおむね終わりですが、2つの流れが「合流」して具体的にどうなったのかという話をしていないと思うので、次回もう少しだけ扱います。
次回以降は理論の話をしていきますが、ここまで取り上げてきた2つの流れと理論がどう関係するのかという話を次にします。
スライド最後
勉強用の文献
ビデオゲーム史全般
中川大地『現代ゲーム全史』早川書房、2016年
さやわか『僕たちのゲーム史』星海社、2012年
小山友介『日本デジタルゲーム産業史 増補改訂版』人文書院、2020年
ウォーゲーム/RPG/ADVの歴史
蔵原大「近現代ウォーゲーム(兵棋演習)の概史 : 二百年の変遷」『遊戯史研究』25号、2013年
ブラッド・キング/ジョン・ボーランド『ダンジョンズ & ドリーマーズ(第2版)』平松徹訳、Kindle版、eelpie studio、2019年
マイケル・ウィットワー『最初のRPGを作った男ゲイリー・ガイギャックス』柳田真坂樹・桂令夫訳、ボーンデジタル、2016年
ゲームサイド編集部『ロールプレイングゲームサイド Vol. 1』マイクロマガジン社、2014年(とくにhally、多根清史の記事)
ゲームサイド編集部『アドベンチャーゲームサイド Vol. 1』マイクロマガジン社、2013年(とくに多根清史の記事)