系共通科目(メディア文化学)講義A
月曜4限/第11回
松永伸司
2024.07.08
定義・起源・同一性の問題
SlidoのリンクはScrapboxにあります。
前回のリアクションペーパーへの応答もScrapboxにあります。
🙇
今回は去年のスライドの使い回しのため、レイアウトなどがいつもと違っています。
違和感があるかもしれませんが、ご了承ください。
あるジャンルを取り上げて論じようとしたときに、誰もが陥りがちな3つの問題があることを理解した上で、それぞれの問題に対してどう対処すればよいかを考える。
1. ジャンルとは何か(と問うべからず)
2. ジャンル論の3つの落とし穴
ジャンルとは何か
ジャンル論とは何か
ジャンルの定義?
一般にジャンル(genre)は、芸術形式(art form)や様式(style)とは区別されることが多い。
ここで、「ジャンルとは何か」「その定義は?」と問うのは、典型的なナンセンスな問いである。
定義論の注意点については、前回の授業スライドを参照。
〈ジャンル〉と他の似た概念とのあいだに線引き(記述的定義)をしてもしょうがないし、そもそもそれが可能かどうかすらはっきりしないから。
〈ジャンル〉概念がどんなものかを理解するには、ごく簡単な特徴づけと例示があれば十分だろう(逆にそれでわからないなら、そもそも〈ジャンル〉概念を使う実践が身近にないということだろう)。
ジャンルの特徴づけ
ジャンルは、ある文化内の諸アイテム(作品など)を分類するためのカテゴリーの一種。たいていは、そのアイテム自体が持つ特徴(内在的性質)に注目した分類がなされる。
ジャンルは、同じく文化的なアイテムを分類する概念である〈芸術形式〉や〈様式〉とは区別される傾向にある。
芸術形式の例(古い言葉づかいだと芸術形式を「ジャンル」や「諸芸術」と呼ぶこともある)
文学、音楽、絵画、彫刻、建築、舞踊、映画、マンガ、etc.
様式の例
ゴシック、ルネサンス、バロック、新古典主義、ロマン主義、白鳳様式、天平様式、貞観様式、定朝様、etc.
様式については第7回の授業スライドを参照。
ジャンルの例(無限にある)
フィクション作品(小説・映画・アニメ・マンガなど)のジャンル
SF、歴史物、ファンタジー、サイバーパンク、スチームパンク、etc.
ホラー、サスペンス、ミステリー、スリラー、コメディー、恋愛物、etc.
ポピュラー音楽のジャンル
ジャズ、ブルース、フォーク、カントリー、ロックンロール、パンク、ヘヴィメタル、R&B、ファンク、ヒップホップ、テクノ、ハウス、レゲエ、ボサノバ、etc.
ビデオゲームのジャンル
アクション、ストラテジー、RPG、アドベンチャー、シューティング、パズル、音楽ゲーム、etc.
etc.
ジャンルの階層・派生・交差
ひとつのジャンルが下位カテゴリー(サブジャンル)を持つこともよくあるし、下位カテゴリーがさらに下位のカテゴリー(孫に相当)を持つことも少なくない。
アドベンチャーゲーム
グラフィックアドベンチャー
ポイント&クリックアドベンチャー
あるジャンルから別の新しいジャンルが派生することもよくある(派生したジャンルが派生元のサブジャンルになる場合もあればそうでない場合もある)。この派生関係は、系統図で表現されることが多い。
例:アドベンチャーゲーム → ビジュアルノベル
音楽ジャンルの系統図:https://musicmap.info/
複数のジャンルの掛け合わせによって新しいジャンルが作られることもある。
例:RPG × アクションゲーム → アクションRPG
注意点:ジャンルの構築性
当たり前の話だが、ジャンルは、一定の文化的コミュニティの中で広く共有されるカテゴリー以上のものではない。つまり、人が作り上げ、何らかの利便性のゆえに流通している〈ものの分けかた〉でしかない(そもそも大多数の分類がそういうものである)。
ジャンルは、時代や地域によって変わることもよくある。たとえば、ビデオゲームジャンルの分けかたは、日本と英語圏とで多少異なる。
あるジャンルについて「その本質とは」と問うたり、ある作品について「それが属する真のジャンルとは」と問うたりするのは無意味の極みなので注意すること。
※あるアイテムについての正しいジャンル帰属と正しくないジャンル帰属の区別はありえるが、それは「本質」とか「実在」の問題ではない。この点が気になる人は、参考文献中のウォルトン「芸術のカテゴリー」の後半を読むことをおすすめします。
ジャンル論とは何か
ジャンル論の特徴づけ
個々のジャンルを取り上げて何かを論じるタイプの研究のこと。
作品論や作家論と対比される。
様式論は近いタイプの研究かもしれない。
ジャンル論は、歴史研究の場合もあれば、理論的研究の場合もある。
ひとつのジャンルを取り上げるのが基本だが、隣接ジャンルとの比較などもよくある(とくに理論的研究の場合、他のジャンルとの比較をすることによって、当のジャンルの「ナラデハ」がはっきりするという面が少なからずある)。
ジャンル論の3つの落とし穴
ジャンル論をする際に陥りがちな問題が少なくとも3つある。
個別ジャンルの定義の問題
このジャンルの必要十分条件は何か。
このジャンルのカバー範囲はどこからどこまでか。
個別ジャンルの起源の問題
このジャンルはいつできたのか。
どのアイテムがそのジャンルの「元祖」なのか。
個別ジャンルの同一性の問題
「ひとつの同じジャンル」とはどういうことか。
何がどうなると「別のジャンル」になるのか。
続き
3つの落とし穴
定義の問題
起源の問題
同一性の問題
これらの問題は密接に互いに関係するし、実際ごっちゃにして論じられることも多いと思われるが、ひとまず分けて考えたほうがよい。
以下、それぞれの問題のポイントと対処法(落とし穴にはまらないためにどう考えればよいか)を詳しく見る。
定義の問題
起源の問題
同一性の問題
定義の問題
個別ジャンルの定義の問題
このジャンルの必要十分条件は何か。
このジャンルのカバー範囲はどこからどこまでか。
具体的なジャンルを例にして考えてみよう。
(ビデオゲームジャンルとしての)RPGの必要十分条件は何か。言い換えれば、すべてのRPGを包摂し、かつRPGでないものを排除できる条件は何か。
RPGのカバー範囲はどこからどこまでか。たとえば『ゼルダの伝説』シリーズはRPGに入るのか?
個別ジャンルを定義する試みの例①:RPGの定義論
CRPG AddictによるRPGの定義(2022年3月以前バージョン)
1. The game must feature character development.
2. Combat success must be based in part on intrinsic attributes and not just player reflexes or weapon statistics.
3. The player must have a flexible inventory of equipment he can wield, equip, unequip, sell, drop, and trade.
※ちなみに、この定義で想定しているのはPCのRPGだけであって、コンソールのRPG(家庭用ゲームをプラットフォームとするRPG)は念頭にないらしい。
ようするに、①キャラクター成長要素があり、②戦闘に勝つためにプレイヤーのスキルや武器の性能だけではなくキャラクターの能力値が不可欠であり、③着脱可能な装備のインベントリ(アイテム欄)がある、という条件。
個別ジャンルを定義する試みの例②:ローグライクの定義論
ベルリン解釈(2008年国際ローグライク開発会議)によるローグライクに必要な要素
ステージの自動生成
パーマデス(一回死ぬと最初からやり直し)
ターンベース(リアルタイムで時間が進まない)
グリッドベース(ステージがマス目で構成されている)
モードの切り替えなし(〈戦闘モード/移動モード〉といったモードの切り替えがない)
複雑さ(ある問題に対していろいろな解法がありえる)
リソース管理(食料や回復アイテムなどの限られた資源をやりくりしないといけない)
ハック&スラッシュ(敵が大量に出てきてそれを倒していく)
探索・発見(ステージやアイテムは毎回のプレイごとにいちから探る・確かめる必要がある)
※ちなみに、以上は“high value factors”とされ、あるゲームがローグライクであるためにとりわけ重視される諸特徴らしい。これらとは別に“low value factors”も挙げられている。
定義の問題の落とし穴
定義の種類(前回の授業スライドを参照)ごとの落とし穴:
記述的定義だとすると、当のジャンルの範囲についての既存の認識がある程度固まっている必要があるが、範例(そのジャンルを代表するアイテム)以外はかなりあやふやであることが多い。
規約的定義なら、その文脈内でのみ有効な新しいカテゴリーを作るわけなので、わざわざ既存のジャンル名を使う必要がない(既存のカテゴリーと同じネーミングにするのはややこしいだけである)。
解明的定義は、何らかの「実質」を見いだすことが期待できるような自然種(天体や生物種など)に対してなら意味があるが、ジャンルのような文化的なカテゴリーに対して行うのはほとんど意味がない。
加えて、前回の授業で示したように、ジャンル名(字面)がそのジャンルの特徴を的確に反映していると考えるタイプの誤謬がよくある。
落とし穴にはまらないために
個別ジャンルの定義が気になってしまったときの考えかた:
まず、そもそも本当に定義(線引き)が必要なのかどうか、特徴づけと範例の例示で済む話ではないのかどうかを検討したほうがよい。
何らかの規約的定義をしたいならネーミングを変えたほうがよい。
もし記述的定義が必要なら、ジャンルはたんに人々が便利に使っている〈ものの分けかた〉でしかないこと、その〈分けかた〉はコミュニティごと(時代ごと、地域ごと、etc.)に変わりうること、および、その範囲は普通はたいして確定していないことを十分理解したうえで、確定している部分(範例群と明らかに除外すべき事例群)を念頭に置きながら、その範囲にできるだけ過不足なく一致するように必要十分条件をデザインする。
ジャンルの名称にもとづいて何かを考えようとするのは最悪である。
具体的なケースに当てはめてみる
RPGの定義が気になってしまったときの考えかた:
まず、そもそも本当にRPGの定義(線引き)が必要なのかどうか、RPGの特徴づけと範例の例示で済む話ではないのかどうかを検討する。
規約的定義をしたいなら「RPG」ではなく別のラベルを使う。
もし何らかの理由で記述的定義が必要なら、RPGの範囲はコミュニティごとに変わりうることやたいして確定していないことを十分理解したうえで、確定している部分(RPGの範例群と明らかな非RPGの事例群)を念頭に置きながら、その範囲にできるだけ過不足なく一致するように必要十分条件をデザインする。
RPGの範例:Ultimaシリーズ、「ドラゴンクエスト」シリーズ、「ファイナルファンタジー」シリーズ、「ポケモン」シリーズ、「ペルソナ」シリーズ、Elder Scrollsシリーズ、etc.
「RPG(role-playing games/役割演技ゲーム)」という名称から何かを言おうとするのは最悪!
記述的定義の前提
既存の認識における
〈RPG〉の範例
のカバー範囲
既存の認識における
〈明らかにRPGでないもの〉
のカバー範囲
既存の認識における
〈RPGか否かが微妙なもの〉
のカバー範囲
〈条件C1, C2 . . .〉
を満たすもの
〈条件C1, C2 . . .〉
を満たさないもの
必要条件と十分条件によるカバー範囲が既存のRPGの範例のカバー範囲とできるだけ一致するように条件を工夫する
うまくいったRPGの記述的定義
〈条件C1, C2 . . .〉
を満たすもの
〈条件C1, C2 . . .〉
を満たさないもの
既存のカバー範囲と定義によるカバー範囲が明らかにずれいている場合、記述的定義としては失敗
うまくいっていないRPGの記述的定義
既存の認識における
〈RPG〉の範例
のカバー範囲
余談:記述的定義の条件のデザインのプロセス(前回のコメントへの応答から)
決まったやりかたはないと思うが、標準的には、
① ある語の特定の用法の事例を観察し、
② その観察にもとづいてその語が指すカテゴリーの事例のカバー範囲を大まかに想定し、
③ 試しに条件をデザインしてみて、
④ その条件のカバー範囲が(自分の想定内にある)事例のカバー範囲に過不足なく一致しているか否かをチェックし、
⑤ 一致していなければ③に戻って条件を微修正する(一致していれば終わり)
というiterative(試行反復的)なプロセスになる。
ちょっと休み
起源の問題
個別ジャンルの起源の問題
このジャンルはいつできたのか。
どのアイテムがそのジャンルの「元祖」なのか。
具体的なケース
FPSはいつできたのか。
「最初のFPS」「FPSの元祖」は何なのか。
ジャンルの起源をたどる①:RPGを例に
「最初の~」が比較的はっきりしているケースはある。たとえば、RPGというジャンルの起源がDungeons & Dragons(1974年)であることは、ほとんど異論の余地がない。
D&Dは卓上でプレイするアナログゲームだが、D&Dにおけるゲームマスター(ゲームプレイの進行役)の役割をコンピュータに代替させるという発想のもとで作られ、研究機関の教育用ネットワークを通じて遊ばれた非商用のプログラムが、コンピュータRPGの起源である。
その後Ultimaなどの商用のコンピュータRPGがアメリカでヒットし、それらが日本でもプレイされるようになる中で、『ドラゴンクエスト』(1986年)や『ファイナルファンタジー』(1987年)という日本産のRPGの登場してヒットした(めちゃくちゃ雑なビデオゲーム史)。
参考:一昨年の授業スライド
続き
D&Dが明らかにRPGの元祖であると言えるのは、複数の理由があると思われる。
(a) そのジャンルの範例群に共通する基本的な特徴を持つもののうち、最古である。
(b) そのジャンルの範例群との歴史的な連続性が明確にたどれる。
(c) そのジャンルの名称の起源である。
D&Dはたまたまこれらをすべて満たすが、(a)(b)(c)のうちのひとつだけを満たすだけであれば、おそらく「元祖」とは言いづらい。
ジャンルの起源をたどる②:FPSを例に
FPS(ファーストパーソンシューター)の「元祖」を考えてみる。
FPSの場合、(a)(b)(c)をすべて満たす作品はおそらく言えない。
(a) FPSの範例群に共通する基本的な特徴を持つ最古のものである。
(b) FPSに属する範例群との歴史的な連続性が明確にたどれる。
(c) 「FPS」という名称の起源である。
(a)はFPSをどのように特徴づけるかによるが、〈三次元空間での移動が可能な一人称視点の射撃ゲーム〉くらいの特徴で考えれば、たとえばタンクシューターのBattlezone(1980年)などが早い例として挙げられる(最古ではないだろうが)。一方、この作品が、現代につながるFPSの範例群との歴史的なつながりがあるかどうかは、はっきりしない。
続き
(b)(FPSの範例群との歴史的連続性がある)を満たした作品としては、少なくともDoom(1993年) およびその前作と言ってよいWolfenstein 3D(1992年)までは明確にさかのぼれる。それらの作品のベースとなったid Softwareの作品(Hovertank 3D、Catacomb 3-D)も、歴史的なつながりという点では明白である。
(c)(「FPS」というジャンル名の起源)ははっきりしないが、Google Ngram Viewerで見たところ、1990年代半ば以降に“first-person shooter(s)”の用例が急速に増えているようなので、DoomやQuakeがネーミングの源泉である可能性がある。
とはいえ、いずれにせよそれらは、(a)(FPSの範例群に共通の基本的な特徴を持つ最古のもの)であるとは言えない。結果として、「最初のFPSとは何か」という問いにはそこまで明確に答えられない。
起源の問題の落とし穴まとめ
あるジャンルの「元祖」かどうかを判断するには、(a) ジャンルの特徴を持つ最古のもの、(b) ジャンルの範例との歴史的な連続性がたどれる最古のもの、(c) ジャンル名の起源となったもの、といった複数の観点がありえるが、同じアイテムがそれらを満たすとは限らない。
ジャンルの特徴づけ(あるいは記述的定義)次第で、(a)に相当するアイテムはいくらでも変わりうる。
加えて、あるジャンルの名前は、別の文脈において別の意味で(場合によっては別のジャンルの名前としてすら!)使われる場合があるので、(c)を特定しようとする際には、当のジャンルに関係のないアイテムを取り上げていないか十分に注意する必要がある。
※この注意点については、次の同一性の問題内の「同じ名前問題」の箇所も参照。
落とし穴にはまらないために
定義の問題と同じく、そもそも「最初の~」を言う必要があるかどうかをまず検討したほうがよい。
「最初の~」や「元祖~」はキャッチーなので言いたくなる気持ちはわかるが、事柄の性質上、それを一意に特定するのはかなり難しい(RPGのように、場合によっては言いやすいケースもあるが)。
起源の特定よりも重要なのは、範例のピックアップである。(a)にせよ(b)にせよ、結局のところ、当のジャンルの範例群(明らかにそのジャンルに属すると言えるアイテム群)をベースにして、遡及的に振り返るということをしている。
まず元祖が特定され、その前提のもとで後続するアイテム群が特定される、という順番ではない。むしろ、先にジャンルの範例群があり、その前提のもとではじめて遡及的に元祖がこれだとかこれでないとかが言えるのである。
ちょっと休み
同一性の問題
個別ジャンルの同一性の問題
「ひとつの同じジャンル」とはどういうことか。あるジャンルを同定するにあたって、ジャンルの名前はどこまで手がかりになるのか。
何がどうなると「別のジャンル」になるのか。
同じ名前問題①
かつてある特定のジャンルに属すると称されていたアイテム(自称であれ他称であれ)が、いま見るとまるで別のジャンルのアイテムにしか思えないというケースがたまにある。
たとえば、『頭脳戦艦ガル』(1985年)は、公式に「スクロール・ロールプレイングゲーム」と称されていたが、どう見てもRPGではない(どう見ても典型的な縦スクロールシューティングである)。
この作品はRPGだ(あるいは少なくともRPGだった)と言えるのか?
当時は、RPGというジャンルの範囲がいまよりも広かったということなのか?
同じ名前問題②
1980年代の日本のポピュラー音楽の一部は「シティポップ」と呼ばれる。
音楽的にはAORの影響が強く、「メロウ」で「都会的」であるとされる。
山下達郎、竹内まりや、杉山清貴&オメガトライブ、角松敏生などが典型。2010年代のVaporwave/Future Funkムーブメントとの関連でさかんにdigられ、インターネット上で共有されるコンピレーションを中心にしてリバイバルしている。
一方、現代(2010年代以降)の日本のポピュラー音楽の一部も、しばしば「シティポップ」(場合によっては「ネオ・シティポップ」)と呼ばれる。
ブラックミュージックの影響が濃い傾向にあり、やはり「都会的」とされるが、サウンドの傾向は上記の「シティポップ」とはかなり異なる。
代表的なミュージシャンとして挙げられるのは、cero、Yogee New Waves、Never Young Beach、Nulbarich、Suchmosなど。
続き
これらの時代を超えて同じ「シティポップ」という名前で呼ばれる作品群は、同じひとつのジャンルに属するのか? 別のジャンルに属するのか?
両者を大まかに見て同じ系譜に属するものとして位置づけている考察もある。
別の名前問題①
おおむね同じようなアイテム群が、コミュニティごとに別々の名前で名指されることはよくある。
たとえば、日本語で「横スクロールジャンプアクションゲーム」と呼ばれる作品群(最近はあまり見ない言いかたかもしれない)は、英語圏では一般に“2D platformer”と呼ばれる。
英語圏で“beat ’em up”と呼ばれるビデオゲームジャンルは、日本語で「ベルトスクロールアクション」と呼ばれるジャンルに大まかに相当すると言われることがしばしばある。
これらは同じひとつのジャンルが異なる名前で呼ばれているだけなのか? あるいはカバー範囲がある程度共通しているだけの別のジャンルなのか?
別の名前問題②
新しく生じたとされたジャンルが、実は他の名前を持った既存のジャンルと実質的に同等であるとされることもときどきある。
たとえば、「チルウェイヴ」という音楽ジャンルの名称は2000年代末に発生したが、それは、それ以前から「シューゲイザー」や「ドリームポップ」と呼ばれていたジャンルと実質的に同じようなものだとする言説がある(参考)。
その結果、たとえば1990年代前半のシューゲイザーに属する作品が、(同時期には「チルウェイヴ」などというジャンル名はないにもかかわらず)チルウェイヴに属する作品と見なされようになることがありえる。
落とし穴にはまらないために
まず初歩的な注意点として、定義の場合と同様に、ジャンルの名前にこだわらないことが重要である。
等しく「シティポップ」と呼ばれることは、それらが同じジャンルであることを意味しない。
同様に、別々の名前で呼ばれているからと言って、必ずしも別ジャンルであるとはかぎらない。
とはいえ、名称が手がかりにならないとすれば、ジャンルの同一性(あるいは非同一性)はどのような観点からはっきりさせればよいのか。
続き
ジャンルの同一性をどう考えるかについては、大まかに3つの考えかたがありえる(下記リンク先のブログから引用)。
特徴説:ジャンルとは、一連の特徴を共有する作品群をまとめたもののことである。
伝統説:ジャンルとは、特定の歴史的文脈において、先立つ作品を参照してきた一連の作品群や、それに携わる人々から成る総体である。
実践説:同じジャンルに属する作品群とは、そのまとまりを美的に重要なものとして扱うコミュニティが存在する作品群のことである。
参考:銭「ジャンル研究の方法論②」
続き
同一性の落とし穴にはまらないためには、これらの考えかたを選択肢として持っておいて、その都度の必要に応じて使い分けることが重要になる(とくに伝統説と実践説を頭に入れておくと罠にはまることが減るはず)。
80年代の「シティポップ」と現代の「シティポップ」は、特徴説の観点から言えば同じジャンルではないが、さらに伝統説、実践説の観点から言ってもまるで別物である。つまり、問答無用に別物である(大まかに言えば「都会的」というところで多少の関連はあるかもしれないが、それもかなり薄いつながりだろう)。
チルウェイヴとシューゲイザーは、特徴説の観点から言えばかなり近接したジャンルだと言えるだろう。一方、伝統説や実践説の観点から言うと、同じジャンルではないかもしれない。
ジャンル論について
日本語で読めるものはないと考えてよい。きちんと勉強したければ、以下の銭清弘さんのブログ記事およびそこで引かれている英語論文を読むのをおすすめする。
銭「ジャンル研究の方法論」note、2021年、https://note.com/obakeweb/n/n8a5cbf65d0de
銭「ジャンル研究の方法論②」note、2022年、https://note.com/obakeweb/n/nb86df1d52934
銭「映画ジャンルの哲学:役割、定義、存在論、価値」note、2021年、https://note.com/obakeweb/n/ne8243065027b
銭「レジュメ|キャサリン・エイベル「ジャンル、解釈、評価」(2015)」obakeweb、2021年、https://obakeweb.hatenablog.com/entry/ABEIIA
芸術のカテゴリー
今回は紹介しなかったが、ジャンル論をする際にケンダル・ウォルトンの「芸術のカテゴリー」の議論は非常に参考になる。「標準的特徴/可変的特徴/反標準的特徴」のセットという考え方、および正しいカテゴリー帰属がどのように決まるのかについての議論は、とくに有用だろう。
下記ページで全訳のPDFが売っている。
ウォルトン「芸術のカテゴリー」森訳、note、2015年、https://note.com/morinorihide/n/ned715fd23434
来週7月15日は祝日のため授業はありません。
7月22日は授業をします。