廃墟の2つの壊れ方

松永伸司

応用哲学会第13回年次研究大会

ワークショップ「廃墟と亡霊たち」

2021.5.22

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1. 導入

  • 廃墟鑑賞の実践

  • 本発表でやりたいこと

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廃墟鑑賞の実践①

現代日本における廃墟ブーム

 

 

 

 

 

 

 

​廃墟ブームとは、放棄されたホテルや遊園地、病院、学校、一般家屋などの高度経済成長期以後の廃墟を探索し、写真に収め、その写真をインターネット上に公開する、あるいは、写真集を出版する人々によって成り立っている現象である。このような活動をする者のことを日本では〈廃墟マニア〉、英語圏では〈アーバン・エクスプローラー〉と呼んでいる。​今日における廃墟ブームは〔…〕1980 年代にまで遡ることができる。(飯田 2016, 23)

​※今回の発表では事例として現代日本における廃墟鑑賞を取り上げるが、廃墟を楽しむ実践自体はすでに18世紀のヨーロッパにおいて明確に成立している。

廃墟鑑賞の実践②

廃墟マニアの具体例

廃墟鑑賞の実践③

廃墟マニアの一部は廃墟を美的に鑑賞している。

  • 廃墟に対して価値判断をする。
  • その価値判断は知覚経験にもとづく。
  • それは道徳的判断や有用性の判断ではない。
  • 対象がその価値を持つことを説得的に示そうとする(ただの好き嫌いの表明ではない)。

​※この意味での価値判断をその理由とともに明確に表現している文章は「廃墟批評」と言ってもよい。実際、前ページの具体例は、シブリー (2015) が「批評家の仕事」として挙げるふるまいにかなり近いことをしている。

本発表でやりたいこと①

本発表の動機

  • 美的鑑賞の一種としての廃墟鑑賞ナラデハの特徴が何なのかを考えたい。
  • 今回は現代日本における廃墟鑑賞の事例に限定するが、議論自体は、欧米の伝統的な廃墟趣味を含む廃墟鑑賞の実践一般に広く当てはまると考えている。

本発表でやりたいこと②

本発表のメインの主張の先取り

​※ここでは、主張がかなり大ざっぱな言い方になっているので注意。発表を通じて、より正確な表現に言い換えていく。

美的鑑賞の対象としての廃墟は、

その本性上、保存できない。

以下議論

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2. 廃墟概念を区別する

  • 非美的な用法と美的な用法

  • 区別を深掘りする

  • 美的カテゴリーとしての廃墟

  • ひとまずのまとめ

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非美的な用法と美的な用法①

廃墟の素朴な特徴づけ

  • 建物である。
  • もともと人が住む/使うものとして作られた。
  • もはや人が住んでいない/使っていない。
  • オプション:本来の機能が少なからず失われている。

​※Scarbrough (2015, sec. 2.4) は、先行する廃墟定義論についての優れたサーベイになっている。そこで最初に取り上げられているRizziの定義は、この特徴づけにかなり近い。

非美的な用法と美的な用法②

まとめると

  • 廃墟:もともと人が住む/使うものとして作られたが、もはや人が住んでいない/使っていない(場合によっては本来の機能を少なからず失っている)建物。
  • この特徴づけは、それなりにもっともらしい。

​※人が住まなくなった/使わなくなった時期についての制約は必要か、一度も住まわれなかった/使われなかった建物は廃墟になりえるか、どの程度まで本来の機能を喪失している必要があるか、どのようなプロセスで機能を喪失したが、〈使用〉のうちから〈廃墟としての使用〉を除外すべきか、といった細かい問題を無視すれば、それなりにもっともらしい。

非美的な用法と美的な用法③

しかし素朴な特徴づけは〈廃墟らしさ〉を拾っていない。

  • 一色 (2013) https://issuu.com/akioisshiki/docs/____
  • 「廃墟の魅力という言い方で、廃墟が美的に鑑賞される際に注目される特徴(廃墟らしさを構成するもの)を的確に記述している。
  • 「郷愁感」「自然侵食」「刹那的・偶然的」

​※Scarbrough (2015) が取り上げる先行定義論の一部も、ここで「廃墟の魅力」とされている特徴を定義項に含めている。難波発表も参照。

非美的な用法と美的な用法④

それゆえ「廃墟」には2つの用法があると考えるのが自然。

廃墟の美的鑑賞とは無関係に素朴なかたちで特徴づけられるものとしての廃墟。

  • 人が使っていない
  • 機能不全

非美的な用法における廃墟

廃墟の美的鑑賞に関与的な特徴によって特徴づけられるものとしての廃墟。

  • 廃墟らしさ
  • 廃墟ならではの魅力

美的な用法における廃墟

N廃墟

A廃墟

区別を深掘りする①

次のような事実がある。

  • 〈廃墟を美的に鑑賞すること〉と〈廃墟らしさに注目して廃墟を美的に鑑賞すること〉はイコールではない。
  • 「変わる廃墟展」における廃墟の扱い https://tgs.jp.net/event/haikyo/
  • コスプレ写真の背景としての廃墟 http://redcompany666.blog41.fc2.com/blog-entry-691.html

区別を深掘りする②

この手の事例は、N廃墟とA廃墟の区別を使えば次のように説明される。

N廃墟を美的に鑑賞しているが、それをA廃墟として鑑賞しているわけではないケース。

逆に、最初に挙げた廃墟批評の事例は、次のように説明される。

N廃墟をA廃墟として鑑賞しているケース。

区別を深掘りする③

ここからさらに導かれる考え

  • N廃墟は事物を分類する概念である。つまり、N廃墟は建物のサブクラスであり、建物のうちの特定の特徴を持つものである。

  • それに対して、A廃墟は事物を分類する概念ではない。これこれの建物がA廃墟か否かを問うのはナンセンスである。

  • むしろ、A廃墟は(「A廃墟として鑑賞する」という言い方が自然に成り立つことから示唆されるように)事物を見るある種の見方、鑑賞のフレームのことである。

美的カテゴリーとしての廃墟①

鑑賞のフレームとは?

  • おおむね、ウォルトン (2015) が「芸術のカテゴリー」という言い方で論じたものを想定している。

  • 廃墟の文脈で「芸術」と言うと不自然なので、ここでは「美的カテゴリー」と言い換えておく。

美的カテゴリーとしての廃墟②

ウォルトンのカテゴリー概念のポイント

  • (a) 美的性質を知覚するためのフレームである。つまり、どのカテゴリーを対象に適用するかによって、知覚対象の美的性質が変わりうる。

  • (b) ある対象にとって適切なカテゴリー適用と不適切なカテゴリー適用がありえるが、どちらにせよその対象の知覚に影響を与える。

  • (c) カテゴリーの同一性は、標準的/可変的/反標準的な特徴の組として与えられる

​※ウォルトンのカテゴリー概念については萬屋発表でも登場するので、基本的な説明は省略する。

美的カテゴリーとしての廃墟③

これらのポイントをA廃墟に当てはめると

  • (a) A廃墟は、廃墟ならではの魅力(美的性質)を知覚するためのフレームである。

  • (b) おそらく、A廃墟というフレームを適用するのが適切な対象は、N廃墟だろう(N廃墟でないものをA廃墟として鑑賞することができるかどうかは定かではない)。

  • (c) A廃墟にも標準的/可変的/反標準的な特徴がある

ひとまずのまとめ

  • 非美的用法における廃墟(N廃墟)と美的用法における廃墟(A廃墟)は区別すべきである。

  • この区別によって「N廃墟をA廃墟として鑑賞するや「N廃墟をA廃墟としてでなく鑑賞する」という言い方が可能になる。

  • N廃墟は分類概念であり、建物の下位概念である。

  • A廃墟は分類概念ではない。むしろ美的カテゴリー、つまりある種の知覚のフレームである。

ここからメインの議論

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3. 廃墟は保存できない

  • 論証の骨格

  • 標準的性質としての朽ち

  • 朽ちの分析

  • 2つの壊れ方

論証の骨格

  • 前提①:美的カテゴリーとしてのA廃墟の標準的特徴には、〈朽ち〉が含まれている。
  • 前提②:朽ちは非人為的な変化の結果である。
  • 前提③:保存・管理の活動は人為的になされる。
  • 帰結:したがって、あるN廃墟Rを保存・管理する活動は、RをA廃墟としてまじめに鑑賞することと相反する。

標準的特徴としての朽ち①

前提①:美的カテゴリーとしてのA廃墟の標準的特徴には、〈朽ち〉(decay)が含まれている。

  • 廃墟Explorerによる廃墟批評の具体的な記述から示す。

​※廃墟Explorerに廃墟批評を代表させることに対して疑問があるかもしれないが、飯田 (2016) によれば管理人の栗原亨はインターネット時代以降の廃墟ブームの第一人者と言ってよく、代表者として十分に適格だと思われる。実際、他の廃墟批評にも同種の記述は多かれ少なかれ見られる。

標準的特徴としての朽ち②

いい感じになるには、あと数年は静かに寝かせておきたい物件です。
なにも無い廃墟もつまらないものですが、これほど綺麗な廃墟も、また味が無さ過ぎですね。

http://www2.ttcn.ne.jp/hexplorer/kyaraban.htm

時間だけが、創り出せる「廃墟」の色です。

http://www2.ttcn.ne.jp/hexplorer/kawanon.htm

大宴会場も今では、暗闇のなかで朽ち果て、その巨大な骸を惨めに晒して〔…〕

中宴会場〔…〕大宴会場とは違い、​光が溢れていました。皮肉にも割られたガラスのお陰で〔…〕

http://www2.ttcn.ne.jp/hexplorer/sanou.htm

セピアのコンクリートと錆びた鉄板のコンビが素敵な色を演出しています。

http://www2.ttcn.ne.jp/hexplorer/kemigawa.htm

取れかけの文字、割れたガラス、落書きetcが「廃墟」を演出します。

廃墟を廃墟らしくするには、時間とドキュンの存在は不可欠かもしれません・・・。

http://www2.ttcn.ne.jp/hexplorer/keishin.htm

標準的特徴としての朽ち③

廃墟Explorerの廃墟批評

  • 基本的に、建物がいかに朽ちているか、つまり朽ちの個別のありさまを可変的特徴として記述・評価している。
  • そこでは、建物が朽ちていること自体は当然の前提になっている。つまり標準的特徴になっている。
  • 朽ちによって建物が「熟成する」という見方もなされている。

​※美的カテゴリーにおける標準的特徴と可変的特徴の関係は、determinableとdeterminateの関係になることがよくある(たとえば絵画における〈色が塗られている〉と〈これこれの色がこれこれの場所に塗られている〉)。ここでの〈朽ち〉と〈朽ちの個別のありさま〉の関係もそれと同様だろう。

朽ちの分析①

前提②:朽ちは非人為的な変化の結果である。

  • 朽ち概念の分析によって示す。

朽ちの分析②

朽ちの特徴づけ

  • 本来の構造/機能の部分的な喪失状態
  • 自然な=非人為的な変化の結果
  • オプション:ある程度長い時間経過を通じた漸次的変化(エイジング)
  • オプション:「非人為的」は「非意図的」くらいの弱い意味
  • 不可逆性

​※エイジングを廃墟の定義項に入れる論者は多いが、朽ちの側面を拾おうとしているのだと思われる。

朽ちの分析③

前提①②から次の帰結が出てくる。

まじめなA廃墟鑑賞の対象であるための条件:

  • あるN廃墟RをA廃墟としてまじめに鑑賞するためには、Rは朽ちていなければならない。つまり、Rは非人為的な変化の結果として不可逆なかたちで本来の構造/機能が部分的に喪失していなければならない。

朽ちの分析④

「まじめ」?

  • 「まじめ」という限定を入れているのは、自然に朽ちた事物でなくても、A廃墟というカテゴリーを適用して鑑賞することはできると言えなくもなさそうだから。
  • ただ、その場合の対象は、本当はA廃墟の標準的特徴を満たしていないわけなので、それを標準的特徴を満たすものとして扱うことはフリか欺瞞である(つまりまじめではない)。

2つの壊れ方①

前提③:保存・管理の活動は人為的になされる。

  • これはとくに説明不要だろう。
  • ここでの「保存・管理」は〈ある建物をその個体としての同一性を保ったまま維持すること〉くらいの意味。

2つの壊れ方②

前提①②の帰結および前提③から次の帰結が出てくる。

あるN廃墟Rが保存・管理の対象であるかぎり、RをA廃墟としてまじめに鑑賞することはできない。

逆に、RがまじめなA廃墟鑑賞に適格な対象であり続けるかぎり、Rを保存・管理することはできない。

2つの壊れ方③

かっこよく言い換えると

いまA廃墟としてまじめに鑑賞されているN廃墟Rは、保存・管理によってA廃墟鑑賞の対象としてふさわしくなくなるか、またはA廃墟鑑賞にふさわしい対象であり続けることでRとしての同一性を失っていくか、このいずれかである。

どちらにしても、A廃墟鑑賞の対象としてのRは永続しない。それはいつか崩壊する運命にある。

4. おまけの議論

  • 議論の一般化

  • 廃墟概念の拡張

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議論の一般化

意図せざる美的性質

  • 一般化すれば、廃墟についての議論は、人工物が意図せざるかたちでたまたま持ってしまう特徴を美的に鑑賞する実践一般について成り立ちそう。
  • 焼きもののひび割れや形の崩れ、バグ(グリッチ)、書のかすれ、etc.
  • これらは同じタイプだという議論も、実は微妙な違いがあるのだという議論も、どちらにしろ美学者としては興味深い。

廃墟概念の拡張①

建物以外に廃墟を広げる

  • N廃墟は定義上建物の一種だが、廃墟を〈A廃墟鑑賞に適した対象〉という意味でとらえれば、必ずしも建物にかぎられるわけではないと言えるかもしれない。
  • たとえば、建物でなくても〈朽ち〉が成り立っていれば、A廃墟としてまじめに鑑賞できるかもしれない。

廃墟概念の拡張②

デジタル廃墟

  • 想定しているのは、古いウェブサイトとか、過疎っている(あるいはもはや管理者不在の)ウェブサービス(mixi、Second Life、etc.)。
  • デジタルな対象に自然な減衰としての〈朽ち〉がありえるのかという疑問があるかもしれないが、それに類することは言えそう。
    • リンク切れ、画像の表示エラー
    • モダンブラウザの規格外であることによる機能不全(文字化け、flash、廃止されたHTMLタグやCSS)
    • スパムボットによる書き込みで荒れ放題の掲示板
    • いまでも細々と回り続けるカウンター(キリ番GET)

References

廃墟の2つの壊れ方

By Shinji Matsunaga

廃墟の2つの壊れ方

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